神隠しにみる世相

ここ最近、昨年起きたいわゆる「現代の神隠し殺人事件」の裁判がニュースになっていて、被告側からでる生々しい犯行状況の描写に唖然とさせられることがあります。そして近年の殺人事件にありがちな傾向と同様に、被告自ら死刑を望んでいるとのこと。
そういうのを見ると、死刑存続論者がよく持ち出す「犯罪の抑止力説」に非常に疑問を感じるんですよね。もちろんそれ以外にも死刑を存続させたがる人がいる理由には「懲罰重視」などがあるのですが。
ここ10年は国内の自殺者が年間3万人を越える状態が続き、いくら交通事故死者数を減らしても霞んでしまうくらいです。それに対して死刑の確定を受ける人は、年間30人にも達していません。
つまり自殺する人の数に対して死刑が確定する人は0.1%にも及びません。自殺と死刑を単純に比較はできませんが、抑止効果を期待することが無理なのは分かるでしょう。それでも死刑存続論者が減らないということは、世の中は「懲罰重視」に傾いています。
以前も書いたように自殺自体は殺人であり、あるいは自ら死刑を望む犯罪者が増えたことはどちらも命を軽く考える傾向が定着したと言えそうです。懲罰重視もまた同じ傾向を表しているものでなければいいのですが…。